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バーデン・バーデン(ドイツ)
 
 

 

 

 

 

 
  ※写真はイメージです  

バスが遠ざかるのを 冷たい朝の空気の中で見送る。 やけに大きなエンジンの音が 木々の間に吸い込まれてしまうと もう何も聞こえなくなった。 ここに立てば、美しい旋律に満たされるとでも思っていたのか、疑いようもない静寂の中に 放り出された自分に苦笑する。 あまりにも静かで、動くものがない景色に あてもなく歩き回るのが ためらわれて、壊れかけたバス停のベンチに座り込んだ。
 ドイツ、バーデン・バーデンの郊外、リヒテンタール、クアハウスでの保養に ヨーロッパ中から 人々が集まるこの街のはずれ、リヒテンターラー通りのつきあたりに ヨハネス・ブラームスが10年間暮らした家が残っている。 新しい年が明けて 間もない寒い朝、その人の足音に誘われて バスを乗り継いだ。
足元から あがってくる地面の冷たさと、少し頼りなげな冬の日差し、吐き出した息の白さが 急速に身体を包み込んでいく。 ブラームス通りとは名ばかりの、そっけない小道の先にあるその家は 深い緑に覆われて、凛とした朝の光の中でさえ、重く 沈んで見えた。 朝露で濡れた 落ち葉に埋まった石段、固く閉ざされた鉄門は 訪れる者を拒絶しているように思えて、はるばるやってきたことを 少し後悔する。
ふと 見上げた空の、木々を透かして見える青から 長い冬のあとにやってくる 春の暖かさと似た温もりが降り注ぎ、主がいなくなってから 静かに過ぎてきた 優しい時間と重なった。 あたりに染みこんだ巨匠の魂が、100年以上たった今でも 時代の流れとは別のところに沈殿し、その深い息づかいは わずかな風となって 草木を揺らす。
次のバスが来るまでの時間が 急に短く、惜しく感じられて ブラームス通りの影に身を潜め、誰もいない停留所を バスがゆっくり通過していくのを待ってから、私は またバス停のベンチに 腰をおろした。



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