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デュルンシュタイン(オーストリア)
 
 

 

 

 

 

 

 ドナウ川沿いの小さな村を通り過ぎるにしたがって 霧が晴れていく。 さして大きくないドナウ汽船の船体が 静かな川面を揺らすたび、空気が動き 風が起こり、今まで気だるく立ち止まっていた薄いもやが 船をよけながら 消えていくようだ。 蛇行した流れは どちらへ行くともなく静止していて、まるで鏡のように ヴァッハウ渓谷の景色を映している。 風が流れていたのは 船の周りだけだったようで、デュルンシュタインの小さな船着場に降り立つと 穏やかな秋の気配と 少し寂しげな日差しに包まれ、平和な昼下がりの時へ導かれていく。
 青く澄んだ空に向かって 急な坂と階段をよじ登るように クエリンガー城跡まであがっていく。 紅葉に縁どられたドナウ川の静かな流れとは対照的に、かつてここには城があり、小さな戦いや争いが 日常繰り広げられたであろう激しい歴史の余韻を 草むらの影に垣間見る。
 見張り台だったのだろうか、石壁が大きくくり抜かれ、川を見下ろす一枚の絵が 当時そのままの姿で存在して、しばしのタイムスリップを楽しませてくれる。 時折川からあがってきた風が 草木をなでるざわめきが聞こえる他は 人の来る気配もなく、間もなくやってくる長い冬のプロローグに紛れ込んだようだ。
 にぎやかなウィーンの街並みが そう遠くないにもかかわらず、坂の下の小さなカフェには 雑踏とは無縁の ゆったりした時間が流れていて、そのやわらかさに抱かれるように 陽だまりのベンチに腰をおろす。 秋の早い夕暮れまでには まだ少し猶予のある時刻、太陽を背に受けて しだいに長くなっていく自分の影に 一番新しい記憶を映してみる。 明日になれば 少しだけ色あせて、心の奥底に静かに沈着していく1ページが いつか別の場所で 風に吹かれ、偶然めくれた時、鮮やかによみがえってくるはずだ。
 少し冷たくなったやさしい風が できたばかりの新しいページを閉じるのを待っていたように、晩秋の赤い夕日が 山の陰にゆっくり落ちていった。



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