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ホルシュタイン(スイス)
 
 

 

 

 

 

 
※写真はイメージです

 スイスとドイツの国境の街バーゼルから10分ほど、リスタールで単線のローカル列車に乗り換えていく小さな村 ホルシュタイン。 駅を降りると たちまち360度の緑と澄みきった空気に包まれて 思わず大きく深呼吸したくなる。 列車が静かに動き出し、視界から消えてしまったあとは 人影はもちろんのこと、物音は一つもなく、夏の終わりの、少し寂しげな太陽の光が プラットホームに木々を透かして弱い影をつくっている。
 駅から小さな農家の脇を抜け、薄暗い森の中を足早にのぼっていくと いきなり明るい斜面に出た。冬の間の保存用にするのだろうか、小さい実をいっぱいにつけたリンゴの木が小道沿いに並んでいて 時々 風に驚いて落ちる小さな音がする。見通しのよい曲がり角では 細かく方向を変える風の音が背中を押してくる。
 なだらかな丘の斜面にしがみつくように建つ宿舎まで、登ったり下ったりの道を 何度か通っているうち、様々に表情を変える景色と小さな事件に出会った。
 ほんの ささいなことにも 心臓が大きく一つ波打ち、立ち止まって耳をすませる時間は充分にある。 だから いきなり牛の群れに遭遇した時は 吸った息を吐くのも忘れてしまうほどに びっくりした。 30頭はいただろうか、わき道に身を潜めるひまもなく、囲まれてしまったまま、立ち尽くすより他になかったが、牛たちは 私には目もくれず、首につけた その体とは不釣合いな小さな鈴を揺らしながら 丘を下っていった。 振り返ると 大きな群れに埋もれるように、小柄な牛飼いの老人の後姿が 角を曲がっていくところだった。
 何もかもが静かで ゆったりと過ぎていく。音がないのではなく、不自然な音がしないのだ。 風が木々をゆするささやきや、生き物が呼吸しあう響き、豊かな静寂の世界は あらゆるものが生まれる可能性を秘めているようで、次の瞬間をにぎやかにする。
 自分をはめこまなければならない箱や 何かに追われる生活はそこになく、朝もやが山を下っていく様子に寄り添うような暮らしが流れ、季節を重ねている。
 9月の最後の土曜日、放牧していた動物たちを 冬に備えて ふもとにおろす祭りの日、谷にこだまするカランカランという鈴の音に押されるように、私も小さな山あいの村をあとにした。



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