街の音色TOP
-------------------------
チェンナイ(南インド)
ブエノスアイレス(アルゼンチン)
ウディネ(イタリア)
ボッハム(ドイツ)
ホルシュタイン(スイス)

トリエステ(イタリア)
チュービンゲン(ドイツ)
パンパネッラ(スペイン)
デュルンシュタイン(オーストリア)
トゥーン(スイス)

ユーリッヒ(ドイツ)
ブルーヒル(アメリカ)
トリノ(イタリア)
エリチェ(イタリア)
リヨン(フランス)

イラクリオン(ギリシャ)
サンタフェ(アメリカ)
グラスミア(イギリス)
ゴールドレイン(イタリア)
グラード(イタリア)

プラハ(チェコ)
クリミア半島(ウクライナ)
ヴェネチア(イタリア)
パドヴァ(イタリア)
バーデン・バーデン(ドイツ)

アバディーン(スコットランド)
トリヴァンドラム(インド)
バリローチェ(アルゼンチン)
リューベック(ドイツ)
バルデモサ(スペイン・マヨルカ島)

グラード(イタリア)
 
 

 

 

 

 

 

 路地を抜けると 好きな匂いがした。 そこには 好きな風が吹いていた。 古いバジリカのある小さな広場は 乾いた空気が満ちて、軽やかに存在している。
石壁に囲まれた影にもたれて その先に満ち溢れる眩しさに 手を伸ばしてみる。 指先から光がこぼれ落ちる ゆっくりした時間が流れていた。 潮が混じった砂の匂い、波を揺らし 石造りの家をなででやってくる風の音、わずかに残る4世紀のモザイクのかけらから ほんの少しだけ、歴史の重さが漂う。 日常の暮らしがあるはずの空間に、動いているものは ほとんどない。 長い時間 バスに乗って迷い込んだ 見知らぬ町は、沈黙を続けたまま、日差しの中で揺れていた。
海と共存している小さな大地、ラグーナ(潟)の島 グラード、(注1)鏡のような水面に浮かぶ町は 今日も静かな海に抱かれ、シエスタ(注2)に入ろうとしている。 石段に座り込んで 網を修繕している漁師のやさしい目が、私の中の、縮こまっていた心を少し ほぐしてくれた。 開いていた窓が ひとつずつ 広場に背を向け、さらなる静寂があたりを包み込んでいく。 取り残された心細さに せいいっぱい抵抗しながら、光の中へ 大きく一歩踏み出すと、たちまち 逃げ場のない孤独感がまとわりついてきた。
広場を横切るネコの足音さえ 聞こえそうな午後、トリエステへ帰るバスまでにはまだ いくらか時間があることを確かめてから バジリカをかすめて光る小さな海に向かって歩き出した。 

注1:イタリアとスロベニアの国境の町トリエステの西に位置する、潮に囲まれたラグーナ(潟)の小さな島。旧市街は古く、今でもその一角だけ、当時の古い町並みが残っている。
注2:イタリアの習慣で 午後の休息の時間。たいてい12時半くらいから4時くらいまでは ほとんどの店が閉めてしまう。



Copyright 2003-2011, Ikuko Miura all rights reserved.