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リヨン(フランス)
 
 

 

 

 

 

 

 石畳に小さい雨粒が落ち、次第にほそい路地を染めていく。風の匂いが変わり、壁伝いに響いていた物音が 敏感に湿度を感じて重くなる。 犬を連れてベンチに腰掛けていた老婦人がゆっくりと立ち上がり、店の主人は外に出した絵葉書にシートをかける。 持ってきた傘をさそうとして見上げると、雨がまるで薄いレースのように 柔らかく降りてきて体を包み込んだ。 凍りつくような冷気が、そのまま雨を雪に変えるのかと思われたが、手のひらに落ちてくる滴は いっこうにその重さを失わない。 歩くのをやめ、乾いた地面を見つけて 空の心変わりを待つことにした。
 フランス第2の都市リヨン、アルプスから流れるローヌ川と、ボージュ山塊から来るソーヌ川が合流するあたり、その豊かな平野は2世紀ごろから すでにローマ帝国ガリア植民地の首府として繁栄してきた。 霧雨の感触にも似た伝統工芸の絹の手触り、操り人形ギニョルが語る物語、旧市街の小さな通りには この街の魂が昔とわらず息づいている。
 クリスマスを間近に控えたにぎやかなショコラティエの軒下で 甘ったるい香辛料の強い香りに酔い始めたころ、空の色が少し変わった。ソーヌ川に沿った大きな通りに寄り添うように続くrue de St. Jean、ゆるやかな曲がり角に当たる度、風の向きがかすかに変化して店先のクリスマスリースを揺らし、置き去りにされた鉢植えにはわずかな湿り気を運んで去っていく。 曇った窓ガラスの向こうに並ぶテーブルの、色とりどりのクロスに誘われるように 小さなビストロの重い扉を押す。
 こんな人生だったら居心地がいい、愛想のよいギャルソンが運んできた きれいな緑色のスープで体を温めながら、ふとそう思った。 石造りの路地裏には 優しい雨がよく似合う。建物に囲まれたせまい空が明るくなったら 街を見下ろすフルヴィエールの丘に登ってみよう、どんなに目をこらしても見えるはずがないと分かっていながら、この場所のぬくもりを確かめずにはいられない気持ちになっていた。



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