街の音色TOP
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チェンナイ(南インド)
ブエノスアイレス(アルゼンチン)
ウディネ(イタリア)
ボッハム(ドイツ)
ホルシュタイン(スイス)

トリエステ(イタリア)
チュービンゲン(ドイツ)
パンパネッラ(スペイン)
デュルンシュタイン(オーストリア)
トゥーン(スイス)

ユーリッヒ(ドイツ)
ブルーヒル(アメリカ)
トリノ(イタリア)
エリチェ(イタリア)
リヨン(フランス)

イラクリオン(ギリシャ)
サンタフェ(アメリカ)
グラスミア(イギリス)
ゴールドレイン(イタリア)
グラード(イタリア)

プラハ(チェコ)
クリミア半島(ウクライナ)
ヴェネチア(イタリア)
パドヴァ(イタリア)
バーデン・バーデン(ドイツ)

アバディーン(スコットランド)
トリヴァンドラム(インド)
バリローチェ(アルゼンチン)
リューベック(ドイツ)
バルデモサ(スペイン・マヨルカ島)

チュービンゲン(ドイツ)
 
 

 

 

 

 

 

 ベッドにもぐりこんで 本を読んでいる。 めくったページの音に少し驚いて まわりの静寂に気付いた。 しんしんと降る雪の夜10時ともなれば 道行く人はおろか、車もほとんど通らず、ましてや 小さな町のはずれの、細い路地を入ったアパートに届く音など 1つもない。 夕方 家の前につけた いくつもの足跡は ここ数時間降り続いている雪に あとかたもなく消され、人々の声や気配も 夜がふけていくほどに 深く閉じ込められていく。
 意識してしまうと 音のない世界は妙にイライラするもので、わざと咳払いをしてみたり カバンのチャックを開け閉めしてみるが、すぐに 試してみたことすら 空しくなるような沈黙に引き戻される。 いつもなら 生活の音にかき消されるはずの、人間の耳には聞こえない音の集団が 闇と雪を道連れにせまってくるようで、一つ大きなため息をついて 振り払う。
 黒い森の東側に位置する 古い大学街チュービンゲンは ゲーテやシラーといった 名だたる学者を生み出してきた。 城へ登る入り組んだ坂道、点在する大学の古い校舎、若き文豪たちが 足繁く通った書店、街は至るところに その歴史を刻んでいる。
 コートの襟をおさえながら 少し流れの多いネッカー川沿いを歩いた。 いくつか前の夏、さわやかな風に吹かれながら腰掛けたベンチや、葉を広げ 日陰を作ってくれた木々も 今は目的を失い、再び 人の温もりが戻ってくるまで じっと 息を潜めている。 あと2日で 年が変わる暮れも押し迫った冬の日、手が届きそうに低く垂れ込めた雪雲に追われるように 一つずつ 街の灯りが消えていき、古い石畳に置き去りにされた 少し憂鬱な一日の記憶も 細かい雪に覆われていく。
 隣の部屋から かすかに聞こえる会話の断片と 時折、窓に当たる雪の音を聞きながら、やがて すべての音は さらに降り積もる新雪の中へ 深く埋もれていった。



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