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ボッハム(ドイツ)
‘凛’とした空気が好きだ。落ち葉についた霜が朝日をあびて輝きはじめる頃、空気中の水蒸気が 目に見えるのではないか、と思うほど 凍って鋭くなることがある。昇ってくる太陽にむかって 自然界全てのものが 背筋をピンとのばしているようで、寒さを忘れ、立ち尽くしてしまう。 それは一瞬のことで 木立の間から 太陽の姿がはっきりと見え、牧場や牛舎を明るく照らすようになると 空気はしっとりと重くなり 水分は大地に吸い込まれて 再び軽やかな風が木々をゆらすようになる。 なかなか出会えないこの瞬間のひとつを 私はその田舎の道で手に入れた。
アムステルダムとケルンを結ぶ幹線の途中にある静かな街 ボッハム、さらに ローカル線とバスを乗り継いでいく先に その風景は広がっていた。10月末とはいえ、昼間でも10℃まであがらず、朝晩は 澄み切った空気を吸い込んだまま、冷気が凍ってしまう。
早朝、小さなホテルの窓を少し開け、とがった朝の匂いを嗅ぎ分けると、薄いセーターのまま 外へ飛び出す。さくさくと 落ち葉の道を行ったりきたりしているうち、いよいよ体が冷え切って がまんできなくなると ちょうどその瞬間は終わるのだ。暖かい室内に戻り、2杯目のコーヒーを飲み終えるころ、太陽の光が木立の上から降り注ぐ時間、全てのものは息を吐き、ゆるみ、柔らかくなる。
自然の大きな一呼吸で 時が刻まれる一日、都会の忙しい暮らしでは こんな静かな ゆったりとした息づかいは 容赦なくかき消されてしまう。吸い込むばかりで息苦しくなった日常を 完全にときほぐすには 少し短めの、晩秋の数日間だった。
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