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エリチェ(イタリア)
早朝の静けさの中で、大聖堂の石段は つかの間、沢山の白い鳩の憩いの場所になる。 固く閉ざされた扉が観光客のために開くまでの時間、他に動くものない安全な場所でエサをついばみ、戯れる。
ふいに一羽が飛び立つと 10数羽がいっせいに動きを止め、海から吹き上がる風の音を互いに確かめ合う。 一瞬、過去にも未来にも属さないときの中で、息をするのもためらわれて 遠く、空と海のはっきりしない境界線に目を移した。
シチリア島エリチェ、海抜751m、険しい山の上の小さな町は ひとたび雲が出れば すっぽり包まれて、下界の町からその姿を完全に消してしまう。
急な石畳の坂道にしがみつくように立つ多くの教会を囲んで、人々は信仰とともに、静かなときの流れの中に暮らしている。
間口のせまい、ちいさなホテルの柱にも、人間の心にも時計はなく、大まかな時を告げる鐘の音を漠然と聞きながら、一日は過ぎていく。
大聖堂の重い扉が開くと、羽のあるものは大空へ飛び立ち、まぶしい朝の太陽が作っていた影とともに いずこへか去っていった。
真っ青な空と海に向かって 両手を広げている小さな町の、いつもと変わらない 穏やかな一日が始まろうとしていた。 |
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