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バルデモサ(スペイン・マヨルカ島)

バルデモサ(スペイン・マヨルカ島)
 
 

 

 

 

 

 
     

 やけに だだっ広い廊下は 無機質で、装飾のかけらもない。 少しだけあいた窓から差す 陽の光がなければ 昼か夜かも わからないだろう。 高い天井に びっくりするくらい響く靴の音が はやる気持ちに ブレーキをかけた。 夏だというのに 修道院の中は ひんやりとしていて 冬の寒さが 容易に想像できる。 いっぱいの葉をつけて まぶしい太陽の光を包んでいる 庭の木々が 厳格な修道院の黒い壁を隠し、内部の暗さを より強調していた。
 スペイン・マヨルカ島、バルデモサ、 パルマ・デ・マヨルカから いくつもの丘を越えた 山間の小さな村はその修道院がなければ、住む人以外、よそ者の出入りなど、おそらく 1人もいなかっただろう。 カルトゥハ修道院「第4室」、小さなプレートが示す部屋で、「マヨルカの冬」を過ごした フレディック・ショパンと フランスの女流作家 ジョルジュ・サンド、 2人の残り香は パティオ(中庭)に 咲き乱れる花の香りのように 200年近くたった今も 消えることがない。 中庭に続くドアの向こうの景色、不治の病を抱えていたショパンが その冬に見ていた色はどんなだったのだろう。二人に 未来はあったのか、 先の見えぬ 闇の中で、この南の島
を 逃避行の地に選んだ恋人たち。 苦しくも 穏やかな日々が 二人を包んでくれただろうか。 アーモンドの花が 島全体を白に染めるという2月、春の訪れを知らせる使者は この小さな村にも 届いたに違いない。
ショパンが愛用した プレイエルのピアノを背に 部屋の隅っこの壁に掛けられた 「雨だれ」の自筆譜の前で どのくらいの時間ときを過ごしただろう。 その部屋で書かれた旋律を繰り返しながら、 マヨルカの冬の気候にも由来する 優しさと激しさの音の束をそっと両手に抱いたまま 海を見に行った。 前日の強い風が残る海はコバルトブルーの水の帯が 絵具箱のように 幾重にも並び、 一番薄い色が 切り立った断崖に ぶつかって砕け、白い花となる。 ぽっかりとあいた岩の穴から 眩しい光が滲み出て、抱きしめていたはずのショパンは 吹きぬけた風とともに ひときわ濃い青に吸い込まれていった。



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