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グラスミア(イギリス)
一日中 降ったりやんだりしていた雨が 又、湖畔の道を濡らしはじめていた。 さっき 折り畳んでカバンに入れたばかりの傘を出す代わりに 熱いココアを買うための小銭を取り出し、湖にせり出すようにベンチを置いている小さなカフェで 雨宿りすることにした。
夏のバカンスが終わり、多くの人の流れが去った後、それでもいくらか賑わう9月末の週末、イギリス湖水地方グラスミアには 早くも秋風が吹き長い冬の訪れを予感させる。
水量が多いのか 小さなボートがつないである朽ちかけた桟橋は その半分ほどが水に浸かり、何羽かのカモが水に入っては 桟橋をあがってきて 体を震わせる。 風の流れが湖面を揺らし、ゆっくりとした波を描いていくのを眺めながら 甘ったるいココアを口に含む。 冷たくなった指に厚手のカップから ゆっくりとぬくもりが伝わり、身体の奥のほうにも 温かいものが流れていくのを確かめてから きつく首に巻いていたスカーフを少し緩めた。
雨は霧雨に変わり、音も重さも軽くなったはずなのに 湖のまわりは それまで雨音に消されていた小さな音が重なって 音のないざわめきとなる。 紅葉し、乾いた葉が風に擦りあう音、水鳥の羽音、もやが湖面をすべるささやき------何もせず、何も考えずに ただ時が過ぎていくのを見送るのは その静けさとは裏腹に 心が騒がしい。
先走ってはふりかえり、後戻りしながら、本当に歩むべき道を探す日々、ほんの僅かな時間、時の流れの縁につかまって、柔らかく降る雨に寄りかかる。 雲の間から かすかに透き通ってみえる夕日が 優しい時間の終わりを告げていた。 |
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