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ブルーヒル(アメリカ)
ゆるやかな長い坂をおりると すぐ海につきあたる。 平らな所はほとんどなく、海からすぐせりあがった地形に まばらな民家がしがみついているような町だ。 嵐の日には 海からたたきつける雨に 町中はさらに縮こまり、息を潜めて 嵐が通り過ぎるのを待つ。
入りくんだ湾には よく遊びに行った。 夜、真っ黒い海に 月の明かりが映って ゆらゆら揺れるのを いつまでも眺めながら 引き潮、満ち潮、月の満ち欠け、それら 美しい自然を表すアメリカの言葉を教えてもらったのも あの湾だ。 整備された砂浜などなかったから、泳いでいる間に 波にさらわれないよう、サンダルやT-シャツを隠す場所を それぞれ持っていて、昼食のあとは 毎日のように 坂をおりて 気だるい午後のひとときを過ごした。
帰りは 海を背にして登るのが もったいなくて 車が少ないのをいいことに 何人もで道路に広がり、海をながめながら 後ろ向きに歩いた。 少しずつ 海の深い青が 多くなっていき、そのまま 又 坂をころがって吸い込まれそうになる。
坂を上りきって さらに 急な斜面を よじ登るようにしていくと、ブルーベリーが群生する秘密の場所に出る。 ひと泳ぎしたあとのすきっ腹には いささか頼りない代物であったものの、野生の青い実は すっぱさとともに、太陽の味がした。 口の中を真っ青にしながら、せわしなくつかむ指先も いつのまにか青く染まり、爪の中には いつまでも色が残る。
真夏でさえ 夜になれば冷え込む カナダとの国境近く、メイン州ブルーヒル、いくつかの夏を過ごして以来、長い時がたっているというのに 毎年、セミの声が聞こえ始めると、あの坂の風景を思い出す。
あの町には不釣合いな白いアスファルトに反射する まぶしい太陽の光と、坂の上から見える 青い海の輝きが、熱を帯びた音となって 小さく耳の奥に響き始めるのだ。
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