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トゥーン(スイス)
 
 

 

 

 

 

 
※写真はイメージです

 バーゼルから乗った列車がトゥーンにすべりこむ。 ほとんどの人が そのまま列車で行くインターラーケンへ わざわざ船で行こうと思い立ったのは、どうしても トゥーン湖をゆっくり見たかったからだ。 列車で行けば ものの30分の道のりを、船だと2時間かかる。 雪を抱いた山々や 流れる雲や湖畔の緑、それらを映す美しく静かな湖を 思い切り脳裏に焼き付けるには 充分な時間だ。
 南東にベルナーオーバーラント三山、アイガー、メンヒ、ユングフラウを抱き、冬の厳しい寒さにも耐えながら 静かに やわらかいエメラルドグリーンの水をたたえる湖。 ほとりに点在する小さな村の家に飾られた色とりどりの花々。 時間というものの存在すら 忘れてしまったような ゆっくりとした自然の営みと、溶け込むように暮らす生き物たちの息づかいが聞こえるほどの静寂が そこにはあった。
 時折、流れていた霧が がまんしきれなくなったように 小雨となって 湖面に下りてくると、吸い込む空気が少し重たくなる。 さすがに 9月末のトゥーンは 急ぎ足の秋風が冷たかったが、かつて そこに住み、同じ景色を見て、同じような風にふかれていたであろうその人の面影と その人が奏でた音色を アルプスの山並みに探していると、あっという間に時が過ぎていく。
 雲の切れ目から 顔を出した太陽が 湖に突き出した小さなホテルのベランダを照らすと 鉢植えの花たちが 水滴をいっぱいに抱いたまま 光の雫を浴びようと せいいっぱいに 背伸びする。 短い夏を惜しむように、長い冬を越せるように 天に向かって 祈りを捧げているようにも見える。
 ヨハネス・ブラームスが 晩年を過ごしたトゥーン湖畔、雪に埋もれてしまう前のアルプスから駆けてくる 凛とした空気が好きだった彼には‘秋のソナタ’がよく似合う。 すぐ そこまで近づいてくる冬の気配に耳をすませながら、わずかな陽だまりにたたずむ その姿が 木立の影に見え隠れしているような気がした。



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